かけがえのない一瞬

三輪亮介の日常ブログです。ここでは仕事の近況・日々の想いなどを綴りたいと思います。

広告マンガ家はどのような人に向いているのか

2021が終わり、2022が始まった。僕にとって30代最後の年だ。

「マンガ家になりたい」と思ったのは、中学3年生の春、『ラフ』(あだち充先生)を読んだときだった。「絵で食っていく」とほんのり心に決めたのは、高校生の頃だった。覚悟を決めたのは、会社を辞めた27歳のときだった。生計を立てられるようになってから振り返ると、かなり神経がマヒしていないと、あの、会社を辞めてからの数年は過ごせなかったように思う。

働きもせず、ひたすらマンガを描きながら、イベントに出たり、出版社に投稿したりを繰り返した2年間。山田玲司先生のアシスタントをしながら塾講師で食いつないだ5年間。

その後、少しずつ小さな仕事をもらえるようになり、やっと職業として成り立たせることができたのは35歳を過ぎた頃だったろうか。

 

広告マンガ家に向いている人

現在、僕の肩書を厳密に言えば、「広告マンガ家」ということになるだろう。

今にして思えば、「適性」があったのだと思う。僕は昔から「誰に頼まれるのでもなく絵を描くアーティスト」よりも、「誰かの頼みごとで絵を描くデザイナー肌」だと公言してきた。大学を出て、民間企業で働いた経験も、現在、企業案件を多く取り扱う僕にとって、それは「解釈力」としてかなりプラスに働いていると感じるし、他の漫画家にはない“強み”にもなっていると思う。

さて、広告マンガにおける必要な視点は、「名作を描くこと」でもなければ、「売れるマンガを描くこと」でもない。ましてや、「自分が好きなマンガを描くこと」でもない。

それはただ一つ、「クライアントの利益を最大化すること」だ。

そのために、クライアントのビジネスモデルを理解し、事業における次の一手に、自分が手掛けるこの案件がどのような役割を果たすのか考え、そのために効果的だと考えられるあらゆるマンガ的手法を総動員させる。

そこにやりがいや面白みを感じる人が、広告マンガに向いていると感じる。

 

広告マンガ家に向いていない人の、頭の片隅に必ず潜んでいるもの

「アーティスト肌の漫画家」は、広告漫画業界には向かない。それは、広告マンガを描いているときに頭の片隅に必ず潜む、「自分の作品ではない」という「他人事感」が抜けないからだ。そして、その「他人事感」は、必ず、線の一つ一つ、仕事のフローの一つ一つに、如実に現れる。

それをクライアントは必ず感じる。万が一、ごまかせたとしても、仕事として続かせることは困難だ。なぜなら、作家自身のモチベーションが続かないからだ。

「連載をつかむまでの繋ぎ」で描いている人もいると思う。それはそれで生きるためには間違っていない選択だと思う。短期間ならそれは通用するし、モチベーションも心配ない。でも、「繋ぎ」と思っていた期間が長くなればなるほど、モチベーションを保つのは難しくなってくるのではないだろうか。慣れれば慣れるほど、知らず知らずのうちに手を抜いてしまっていないだろうか。そしてそれは、具体的かつわかりやすい形で、先に述べたワークフローの至る所に現れ始める。

だから、本当に広告マンガで真剣にやっていこうと考えている人がいるなら、まずはそういう自分の適性をよく考えてみることから始めてみてほしい。「自分は何がしたいのか」と「自分は何が向いているのか」。そこを一致させるのが難しいのだけれど、そこを考え抜いた人だけが、自分の立つ位置を、自分の意思で納得して選べるようになるのだと思う。そして、そういう人は、とにかく、しなやかでブレない。

 

自分が幸せな状態を考える

「1日中マンガを描くのが幸せ」って人もいれば、「そこそこ描いて、そこそこ友達と遊ぶのが幸せ」って人もいる。実際に、絵を描いている時間が1日の中でどれくらいであれば幸せを感じるのか、逆に言えば、何時間以上だと苦痛に感じるのか、もしくは、単行本を出して認知されることで承認欲求が満たされるのか、SNSの「いいね」の数で満たされるのか、そもそも、大切な人たちに囲まれていれば承認欲求なんてものは生まれない性格なのか。自分がどんな生活を送っている時が幸福度が高いか、自分の幸せな状態を考えることが重要だと思う。

その上で、「マンガを描く」ことが、自分の生活スタイルの中でどのような位置づけになるのか考えてみる。

 

僕の場合、そこに「若さ」も加味して考えるようにしている。例えば、塾講師やミュージカルなど、子どもたちとのかかわりは、僕にとって「繋ぎ」でもなんでもなく、人生における「ライフワーク」だ。

でも、子どもたちとのかかわり合いというのは、僕の「若さ」が大きく寄与している。歳をとったら今みたいな距離感ではいられないと思うし、逆に言えば今しかできないことも圧倒的に多い。だから、僕は今そこに時間を割きたい。時間の許す限り、割くべきだと感じている。

一方で、マンガというのはもちろん「若さ」が為せるもの、「徹夜して描かせる体力」や「瑞々しいテーマ」などはあるものの、基本的には技術というものは年齢を重ねるごとに熟成していく。60歳でアンパンマンをこの世に送り出したやなせたかし先生が代表的、象徴的な存在だ。

よって、僕は、マンガで10年連載に追われるような生活は、自分の人生の中ではあまり望んでいないように思う。絵を描きながら、子どもともかかわり、家族や大切な人たちと過ごす時間もある。これが、今、僕が幸せだと感じる状態だ。

 

絵を描くことは楽しい。そして、絵を描くことは苦しい。

 

年を重ねるにつれ、純粋に絵だけを楽しむということは難しくなってくる。年齢も変わってくるし、家族だってできるかもしれない。生活も変わるし、価値観も変わる。そして、時代も変わる。

それでも絵を描き続けることをやめない同志たちを僕は誇らしく思うし、心強いし、愛おしい。でも、絵描きってすごく不器用でしょ。だから、もう少し社会には絵描きに優しい世界になってほしいと思うし、絵描きには、もう少し社会で上手に泳ぐために、僕と一緒に、自分にとって描くこと(=生きること)とはどういうことか、絶えず考えてみてほしい。

答えは変わっていい。

考え続けることが大事だもの。

 

ね、2022。