かけがえのない一瞬

三輪亮介の日常ブログです。ここでは仕事の近況・日々の想いなどを綴りたいと思います。

黄昏れチャーハン

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GW終盤、仕事明けですぐに名古屋へ車を走らせた。小学校時代の悪友の結婚式のためだ。
「悪友」と呼ぶにはいくつか理由がある。
僕らのクラスは小学校5年生のときに「学級崩壊」をしたのだけれど、その中心にいたのが他でもない彼だった。背が高くて、腕っ節も強いものだから、しょっちゅう問題を引き起こしていた。その震源地に僕も含まれていたわけだけど、周りは僕を「頭脳犯」、彼を「実行犯」と呼んだ。僕らは共犯であり、その延長からか、今は「悪友」という言葉がしっくりくるような気がしている。
不良街道まっしぐらだと思われていた彼だったけど、小学校のとき、時折、授業中、「お経」を出して読んでいることがあった。ウケを狙っているのか、ふざけているのか、彼は「俺、将来、坊さんになる」と公言していた。誰一人そんなことは信じていなかったのだけれど、19年後の今、彼は坊さんとして、婿養子に入ることになった。
いつも1人だけ次元が違うのは、あの頃も今も変わっていない。

小学5年生のある放課後、夕暮れの教室で友だちとダベっていると、ベランダ付近の友だちが騒ぎ出した。
「やべぇ!校庭で竹川がやべぇことになってる!!」
何事かとベランダから身を乗り出して見ると、校庭のど真ん中で、隣のクラスの男子十数名が彼を取り囲んでいた。円の中心には、隣のクラスの大将と彼。一触即発の雰囲気だった。
僕はすぐさま校庭に下りていった。喧嘩を止めるためなんかじゃない。彼に加勢するためだ。僕らのクラスの男子はもうほとんど帰ってしまっている。勝ち目はない。けど、彼一人やられるのをただ見ているわけにもいかなかった。
現場についてみると、そこは昔の拳闘場さながらの雰囲気だった。リングの上の2人を観客達がはやし立てている。ギャラリーのほとんどは隣のクラスの男子。完全アウェーでの試合のようだった。
しかし彼は野次には一切動じず、じっと敵を睨みつけていた。隣のクラスの大将は、ふざけた顔をして、彼に近づいたり離れたりして挑発している。それを何度も繰り返す。本当にボクサーの試合みたいだった。僕は、彼にヤジを飛ばすギャラリーを睨みつけることしかできなかった。とても円の中には入っていけない。無力だった。どうする、どうする・・・。

何度目だったろうか。
敵の大将が、彼に近づいたり離れたりする動きを繰り返していた、その何度目か。
もう一度、彼の懐に入ったそのときだった。
バチーーーーーンと、打撃音が空に甲高く響き渡った。
同時に、周囲のヤジも一瞬で止まった。
気付くと、敵の大将が目を押さえながら、地面で悶え苦しんでいた。
彼の左ストレートが、敵の大将の左目を打ち抜いたのだ。
一瞬の沈黙のあと、今度は敵の大将の悲痛の叫び声が、放課後の校庭を覆った。
その痛み方は尋常ではなく、失明したのではないかと疑うほどだった。何にしろ、ただでは済まなかったはずだ。とんでもないことになってしまったと思った。
ゆっくりと、ランドセルを背負って帰ろうとする彼に、野次馬達は攻撃の手を緩めなかった。勝負はもう着いたのに、今度は「やり過ぎだ、やり過ぎだ」と彼を罵った。僕はなんだか悔しくて悔しくて、まるでボクサーのトレーナーみたいに、彼の肩を抱きながら、刺々しい野次馬のアーチをくぐっていった。

帰り道、何を喋るでもなく、彼の家まで送った。
僕の家は反対方向だったから、彼の家の前まで来ると、すぐに踵を返そうとしたのだけど、
「寄ってけよ」と彼が言うので、初めて彼の家に上がることになった。時刻は17時近くになっていたが、家には誰もいなかった。仕事だろうか。彼の部屋に案内されると、「腹減ったな、チャーハン食べるか?」と彼が言った。
その会話が小学生同士で交わされるものとは、あまりにもかけ離れていたものだから、僕は半ば、戸惑いとも頷きとも取れるようなリアクションしかできなかった。
しばらくすると、少し焦げ目のついた卵チャーハンがお皿に盛られてやってきた。恐る恐る食べてみる。
「うめー!!」
そうやって彼の方を見ると、やっと彼も笑った。

ランドセルを学校に置いたままだったので、僕の帰り道は遠かった。
彼は学校まで自転車で送ってやると言い、2人乗りで学校の正門まで向かった。
背の低い僕には、背の高い彼の背中しか見えなかった。言葉は特になかった。
景色はどうだったのだろう。
ただ思い出すのは、あの時の彼の作ってくれた卵チャーハンと、彼の広い背中だ。
それが黄昏れの色に染まっている光景が、いつまでも僕の中に残っている。

披露宴では、余興とビデオメッセージ編集を担当させてもらった関係で、彼の他の友だちの彼に対する印象を聞く事ができた。きっと、僕と同じように言葉にならない光景を受け取った人たちが何人もいるのだろう。

今さらだけど、「サンキュ」と呟く。
これからも、よろしく。